H28年06月


28年度 神奈川地区 秋のハイキング報告

 11月24日大雪の後でしたが、26日はナント嘘のように穏やかな春日和となり安堵しました。 参加された人も最近にない14名の方が参集され、楽しい一日でした;有難うございました;
 参加者は初めての野中、早坂ご夫妻、加藤(秀樹)、県内の森本、長瀬、植田、高橋(重雄)、青木、 平野の各氏、また東京から川船さんと幹事の白井、岡部、加藤でした。
逗子駅前に10時;皆元気な姿で集合;ヤァー久しぶり;などと握手する者など何十年前に戻ったひと時でした。
駅から近い「亀岡神社」に参拝:安全祈願のあと自己紹介、白井さんの「詳細資料」による説明と簡単なストレ ッチで筋肉をほぐしイザ鎌倉へ;20分で「法性寺山門」に着く;急な階段を上るため服装を整え日蓮上人を思い ながら本殿に到着してひと呼吸、一杯の水の美味いこと;小休止のあと小高い五重塔に上ると逗子の町から 葉山湾など遥か洋上を眺める。法性寺は日蓮が松葉ケ谷難の際、白猿に導かれた岩窟が祀られている。
 人手に造られた「大切岸」を眼前に見ながら雪の残る道を上る。 若干予定コース外し 「大切岸」を上から観る。
「大切岸」は幕府が三浦勢の侵入を阻止する防御壁で後に、花畑や墓場として残り現在も畑や墓地として在る。  先人はこの山にどんな方法で?働く人々は?など思考する時、その知恵と努力にただ頭の下がる想いでした。
予定外のコースを見学したため「まんだら堂やぐら群」で談笑し、周りのやぐら群見ながら昼食をとる。
なお「大切岸」「まんだら堂やぐら群」「名越切通」はいずれも 「国指定史跡」となっている。
「まんだら堂やぐら群」は150穴余もあり僧侶や武士が造営したとも言われており、貴重な遺産と なっている。
「名越切通」は鎌倉時代、山の屋根を掘り作られた道で鎌倉と三浦半島を結ぶ重要な通路と 防御でもあつた。
特にこの3つの史跡と法性寺は、日蓮上人が生死をかけた戦いと葛藤の時代とも言える。730年余前の時代背景、 先人の暮らしなど想像すら出来ず、その偉大な力に感動し驚嘆するばかりでした。
 切り通しから急な泥道を下り平坦な鎌倉に入る。視界が開き線路沿いを30分弱で「安国論寺」 に着く、寺は日蓮上人が開山し、妙法寺と同じ松葉ガ谷法難の跡と伝えられている。
また、日蓮上人が鎌倉に来て初めて岩窟の道場を作り「立正安国論」を仕上げたとも言われている。
 「上行寺」も日蓮宗で道路から入り易く無料で参拝でき「癌除け」「鬼子母神」「開運」と掲げられ、他の寺と異質 で山門の裏側に「左甚五郎」の龍の彫刻があり参詣者が絶えない寺とは言われている。
 「本覚寺」は日出上人が開山、日蓮上人が佐渡から戻って滞在し、本覚寺建立後日朝が身延山から 日蓮の遺骨を分骨したので東身延とも呼ばれている。 境内に100年以上のサルスベリが咲くことでも知られている。 また 恵比寿様も祀られ、正月には着飾った福娘や出店も出て大変な賑わいで混雑する。
 最後に「鶴岡八幡宮」を遠くから参拝、修学旅行生や「七五三参り」の着飾った親御さんの姿が見られた。 悪路の難コース でもあったが、お日様と神仏のご加護を頂き無事走破;ご苦労さんでした。
 予約の店でヤレヤレのお疲れさん会となり、ビールで乾杯の後;焼鳥だ;馬刺しだ; ボトルだ;冷やだ;熱燗だ;の注文の喧しい事;昔の職場か;クラス会でもあるよう;一言居士も多く話も尽きず「モウ〜終わり か?」の声; だが約束の時間となり白井さんの〆の挨拶にて、またの再会を祈願し終了としました。
重要事項の周知で「神奈川ハイキングサークル」幹事を次年度から長瀬日出夫、高橋重雄、青木一俊の三氏 に、また20数年に亘り会の存続に尽くされた白井さんには名誉会長として助言を頂くことに満場一致で決定し ましたので併せておしらせしておきます。
なお「無線支部」には後日ご連絡をしていただく事にいたします。


 当日のハイキング模様写真はここをクリックするとご覧いただけます。  

(幹事:白井静明、岡部清一、加藤 實)