東端年の記録

発展期   昭和28年〜昭和38年 
 昭和29年4月東京一名古屋一大阪間 にマイクロ回線が、各方面の注目のうちに完成した。
戦後の復興の時期も漸く安定期に入り、国民のコミニケーション に対する要望は日を追うことに熾烈さを増していた。
  時あたかもテレヒ放送開設の気運が全国的に高まりつつあり、そ の中継線も公社か一元的に作成、提供することとなったが、この計 画の推進は一にかかってマイクロ回線の成否にあった。
  この様な情勢の中て、時代の脚光をあぴつつマイクロ回線か基幹 市外伝送路として誕生したことは、公社にとっても大さな誇りとす るところであつた。
  東京統制無線中継所は、この東名阪を結ぶマイクロ回線の東京側 端局として、麻布宮村町に建設されたが、その後、東京ー仙台ー札 幌、東京一金沢ー大阪、東京一甲府 といとまない建設と開通工事 に終始し、開局以来数年を経過して、全国のマイクロ局の中心的存 在として、その機能を十分発揮するに至った。
  そして、その後もますます飛躍的に発展した我か国のマイクロ綱 の基点として、マイクロ史上に輝く金字塔を打ちたてたのである。
東京一名古屋一大阪マイクロ回線建設工事ーー
東京一名古屋ー大阪マイクロ回線開通式典模様
最初のテレビ中継専用の契約
第二電力棟工事
東京一仙台マイクロ回線建設工事 ーーーーーー
東京一仙台マイクロ回線開通祝賀会
東京一仙台一札幌マイクロ回線開通
機械棟増築工事と民放3社STリンク新設
東京一金沢一大阪マイクロ回線開通ーーーーー
事務棟建築工事
大橋総裁東端視察
東京一大阪ループ化工事
東京一甲府テレビ回線開通ーーーーーーーーー
東阪パスレングス空中線をパラボラに取替
東名阪B4化工事(カラー化)
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