H29年05月 |
29年度 神奈川地区 秋のハイキング報告
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11月11日(土)最も鎌倉らしさを感じるお寺「覚園寺」を中心としてのんびり歩いての歴史探索でした。 天気予報では当初雨、心配していた天候は打って変わって小春日和の大変良い天気に恵まれ、鎌倉駅東口を10時、参加者は 加藤實さん、加藤秀樹さん、植田さん、倉本さん、白井さん、岡部さん、野中さん、渡辺さん、東京から矢萩さん、 そして世話人の長瀬、青木、高橋の12名が集まりました。 長瀬幹事から本日の予定などの案内の後出発しました。 ご存知鎌倉段葛、平成28年3月に段葛の改修工事が完成し、まだ新しい道の雰囲気が漂う入口の鳥居で全員の記念写真を撮りまもなく 鶴岡八幡宮に到着です。いつも通り賑わっている境内をとおり、皆さんそれぞれに参拝し、本日の安全を祈願をしました。 八幡宮の歴史を見つめてきた御神木「大銀杏の木」が平成22年3月に強風により倒れ現在は若木が2メートル程成長している。 誰かが「なんだか寂しいね!」とつぶやいていましたが、今となっては伝説の「大銀杏」になってしまったのかも知れません。 車の少ない路地を散策しながら、頼朝の墓に到着です。階段を登った山の斜面の薄暗い場所に頼朝の墓があります。 頼朝は相模川にかけた橋の完成祝に出かけその帰り道、稲村ケ崎で落馬し、それが原因であっけなく命を落としたとの事、 人生何があるかわかりませんね! ここでしばしの休憩の後鎌倉宮へ到着です。この時期各地の神社は稼ぎ時、鎌倉宮でも、七五三祝が行われ賑やかでした。 参拝のあと本日のメインの一つである、永福寺跡です。シルクロードの絵画で有名な故平山郁夫邸の前を通り過ぎるとそこはもう永福寺跡です。 永福寺は源頼朝により建久3年(1192年)、奥州合戦の戦死者を供養するために建てられた大寺院で1405年の火事で焼失した。 発掘調査により本堂、阿弥陀堂、薬師堂の三堂が横に並び、その前面には広い池が作られ、浄土式庭園を持つ壮大な寺院の遺構があった。 現在は、国の史跡に指定され、現在は整備事業も完成し、寺院の礎石、および池が復元され往時を偲ぶことができ、特に本堂は 二階建てであったことから二階堂とよばれ現在でもこの地域の地名が二階堂と呼ばれています。往時を偲びながら散策し、スマホ で創建当時の模様を確認したりしながら思い思いに散策し、いよいよ本日のメインである覚園寺に向かいました。 覚園寺は1218年、北条義時の薬師如来信仰により建てられた大倉薬師堂が、覚園寺のはじまりで、1296年北条貞時が元寇の 再来がないように願い、智海心慧律師を開山として、真言・天台・禅・浄土の四宗を学べる道場、覚園寺としたのが始まりです。 境内および周辺は自然環境が良好に保全され「鎌倉らしさ」を感じることができます。 参拝はツアー形式の参拝となるので、小春日和の中愛染堂の前で昼食タイム、そして紅葉、秋の風情のある花など思い思いに 観賞や写真撮影などしているうちツアーの開始時間となり、我々も含め30人程度の人数で寺僧の説明を聞きながらツアーの開始です。 愛染堂で愛染明王坐像を拝み静寂のなか覚園寺の本堂である薬師堂へ、そこには重要文化財に指定されている薬師如来を中心に 脇侍の日光菩薩・月光菩薩が安置され、この薬師三尊坐像を守る木造十二神将立像が圧巻である。ちなみに京都東寺の十二神将立像 より立派である。堂内の梁に取り付けた札には足利尊氏の自筆の銘があり歴史を感じることができた。ここで体の悪いところを僧侶の 座像にこすると良くなる「神頼み」ではそれぞれ懸命に座像をこすっていました。続いて鎌倉の手広から移築した名主の住宅 「旧内海家」、黒地蔵の通称がある木造地蔵菩薩を拝観しあっという間の50分でした。 帰途「ボケ?」を少しでも解消できるよう学問の神様を祭る荏柄天神社を参拝、その後駅近くの居酒屋で懇親会を実施し大いに 盛り上がり楽しい一日となりました。 ぜひ次の機会は皆さん参加してみませんか、幹事一同お待ちしています。また鎌倉に来た時は是非一度覚園寺を訪れて みては如何ですか |
神奈川ハイキングサークル幹事一同 |